京都の旅~京都御所~鞍馬の火祭編~2019年10月22日~23日~

新横浜7時19分のぞみ203号→9時17分京都→イイノコーヒ(朝ごはん)→京都御所(関院旧邸跡.拾翠亭(しゅうすいてい))→12時平八→出町柳15時40分→16時11分鞍馬 鞍馬の火祭り 鞍馬21時2分→21時32分出町柳→ホテルモントレ泊1

新横浜に到着❣️
ラグビー🏉で盛り上がり中〜

毎度の事ながら、新幹線の中で、どこに行くか相談。

今日は、京都御所で時代祭があるというので行ってみることにしました。午後は、京都御所近くでお昼ご飯を食べて、鞍馬の火祭り見学に決定〜

明日は、比叡山‼️に決まり。。

京都駅構内で朝食タイム。。。

京都市営地下鉄一日乗車券を購入して、京都御所に向け出発~


京都御所に向かう途中のお地蔵さん がありました。

‘’京都は 「地蔵盆」 っていうのが、各地区ごとにあって、子供の時はお祭りに行くのが楽しみだったよ’’って教えてもらいました!(^^)!

「地蔵盆」ってなあに???

こたえ。。。地蔵菩薩(ぼさつ)の縁日(旧暦7月24日,もしくは,新暦8月24日)の前日を中心に行われ ます。
「地蔵盆」が近づくと,町内の人たちは,お地蔵さんを祠から出して,新たに彩色する「お化粧」を行い,新しい前掛けを着せるそうです。

京都御所に到着‼️

時代祭の出発地点に行ってみましょう~

あの施設はなあに???入場無料の 閑院旧跡 ??

入ってみよう〜

ボランティアの方が今から案内が始まるけれどいかがですか❓と声を掛けてくださる。
もちろん❣️お願いする。

閑院宮 (かんいんのみや) 家って❓

こたえ。。。江戸時代の四親王家のひとつで、東山天皇の皇子直仁親王(なおひとしんのう 1704.10.7 ー 1753.7.2) を始祖として宝永7年(1710年)に創立されました。
閑院宮家は第一皇子美仁親王 ( はるひとしんのう、宝暦7年11月25日(1758年1月4 日) – 文政元年10月6日(1818年11月4日)) が継ぎ宮家は1947年で続きましたが、 皇族制度改革により皇籍(こうせき)→皇族である身分の籍  を離脱しました。

四親王家、あとの3家はどこ???

こたえ。。。 伏見宮、桂宮、有栖川宮家 です。

創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失しています。

現在の建物との関係など詳しいことはわかっていませんが、閑院宮家が東京に移った明治10年まで邸宅として使用されていました。その後は華族会館や裁判所に使用され、明治16年旧宮内省京都支庁が設置された際に、現在の建物になりました。

おまけ。。。
4月30日に今上陛下は退位され、約200年ぶりに上皇が誕生しました。江戸後期の光格上皇(1771~1840年、天皇在位は1780~1817年)以来のことです。

光格上皇 (こうかくてんのう)ってどこの宮の方??
こたえ。。。閑院宮家の方です。1780年、9歳で即位し ました。

どんな方だったの???

こたえ。。。 光格上皇は廃絶されていたものを再興し、当時行われていても略式であったものを古い形式に復古するなど、さまざまな朝廷の儀式や神事を改革した。文字通り朝廷の「ルネサンス(再生)」を進めて権威を高めたわけだ。藤田氏は「簡素化されていた新嘗祭(にいなめさい)を古来の形に戻し、石清水八幡宮・賀茂神社の臨時祭を復活させるなど、光格上皇の手掛けたものは、正直数え切れない」と 日本近世史研究の藤田覚・東大名誉教授は話す。 日経BIZ GATEより~
→このように宮中行事が平安時代の様式に変わり、現在に続いています。

雨戸の閉め方の実演 始まります~

回った
戸袋は一箇所しかないので、雨戸がくるっとまわる仕組みになっています。
ここを見てください。
少しでっぱりのあるところを軸にして、雨戸がくるっとまわります🤗
下側はこんな具合

最後に、ボランティアの方からクイズあり、御苑と名の付く観光できる場所はどこでしょう???

こたえ。。。 新宿御苑と皇居東御苑 でした。

私たち2人のために、ゆっくり案内してくださり、ありがとうございました(*’▽’)

新緑の時期になると、この位置から撮った写真が地元の新聞に掲載され、
床に新緑が映りこむ「床みどり」が、訪れる人の目を楽しませるそうです。

こちらで、衝撃的な事実を知ることになる。

それはなあに❓

毎年22日の時代祭りは、今年に限り即位の礼と同じ日になるので、26日に変更になったとのこと😌

ボランテアの方に聞いた 拾翠亭(しゅうすいてい) へ。。。

こちらは、拾翠亭(しゅうすいてい)
今日は100円→無料で入れます。
入り口は苔むしていて、いろいろな種類のキノコが🍄が生えています。

拾翠亭 ってどんな場所なの???

こたえ。。。 五摂家 (せっけ) のひとつであった九條家の現存する唯一の建物で、およそ200年前の江戸時代後期に建てられたものと伝えられている貴重な建造物です。

摂家(せっけ)ってなあに???

こたえ。。。鎌倉時代に成立した藤原氏嫡流 ( 藤原北家 ふじわらほっけ) で公家の家格の頂点に立った5家( 近衛家・九条家・二条家・一条家・鷹司家)
明治維新後,いずれも公爵 と呼ばれました。

嫡流(ちゃくりゅう)の意味は???

こたえ。。。氏族の本家を継承する家筋・家系のことです。

広縁に座ると、九条池にかかる高倉橋が見えます。

拾翠亭は、茶会、俳句・和歌・短歌の会、読書会、謡曲会(素謡)、歴史研究会、漢詩研究会(吟詠)などの行事に利用できます。

おまけ…京都御所の 北東(丑寅)は 引っ込んでいおり、築地塀。(ついじべい)の 軒下に猿の木の像が安置されています。。。なぜでしょうね❓

こたえ。、。災が去る→猿🐵ようにという意味があります。

お昼ご飯はどこで食べましょう~

「太い うどん」を食べれるお店が近くにあるのを思い出しました。’’行ってみよう’’ということになり、お店に☎しました。 予約OK♡

お店は、こちら。。。神泉苑の中にあります。


神泉苑 は、平安宮 (東西4.5km、南北5.2km )の近く中心地にあったのですね。


平安京最古の庭園神泉苑内にある 平八への入り口の門をくぐると。。。


神泉苑 シンボルの龍🐲の船が見えてきます。

 名物は日本一太いうどんの「うどんちり」 、お昼ご飯と夕食もかねてちょっと豪華なおひるごはん。。。

太いうどん麺をすくって見せてくれました😃→ひとり分は2本です。
煮えた頃に、お椀に入れてくれました。
あともう一本は、よく煮てから味の違いを楽しんでくださいねと。。。
お庭を見ながら頂きました!

サンダルを履いて外にでてみると。。。

アヒルだ!!
喉が渇くのね💧池の水はおいしいのかな?

食後に、神泉苑の中をお散歩🚶‍♀️

池の向こうに白鷺がとまってます😊
祇園祭の発祥のお寺にお詣りします。
何度も来ているので、ここにくるとほっとした気持ちになります。
二条陣屋に寄り道をして、出町柳に向かいます。
見学するには、(当主)小川平太郎 への予約が必要です。

地下鉄に乗り、出町柳に到着しました。

比叡山方面の電車が発車しました。明日は、あの電車に乗ります。

停車中の鞍馬行きの電車は座れないので、次の電車に乗ります。

鞍馬駅ゆき電車が入線🚃

朝も早かったので、2人とも電車に乗ったとたん、ちんぼつ〜(熟睡する)

鞍馬駅に到着〜
今日は特別ダイヤ
この縄は?きっと帰りはここに並ぶのですねー

初めて来たので、どんな混雑になるのか、どこでどう見学したら良いのか全くわかりません。

歩く順路は決められてるのですね。
いきなりの大きな松明(たいまつ)
ここに火をつけるのね!
3人で担ぐ松明は100キロあるそうです😱
人の流れは鞍馬寺の方向へ。私たちも流れに沿って歩いてみます。

鞍馬寺の山門に到着!

立派な御神輿
外国の方ばかり目につきます。
入り口の看板。


この先歩いていると、’’17時までで、出ていってください’’と私たちだけに声を掛けられる。

どうして❓と思ったら、周りは外国の方ばかりで言葉が通じないと思ったんでしょうね。

昨年❓の豪雨でまだ再興されてないのですかね…
急な坂道を登って、火祭りの神社⛩由岐神社(ゆきじんじや)が近づいてきました。

あとは、急な階段を登る…ガンバレ🏳

階段の途中に樹齢800年の大杉、存在感あり。
見上げるとこんな感じ…
カメラに入りきらんね。
入り口の仁王さま‼️いい顔してる❤️
仁王尊像は運慶の嫡男、 湛慶作
(たんけい、 承安3年(1173年) – 建長8年5月19日(1256年6月13日)) と伝承。

湛慶って???

こたえ。。。 鎌倉時代の慶派仏師。運慶のもうけた男子、次男康運、三男康弁、四男康勝など皆、仏師になったが、なかでも嫡男の湛慶は、運慶、快慶とならぶ大家として知られる。

この灯りを見ると、鞍馬に来たなあって思います、
警察の方に 階段中間辺り で見学して良いのか聞いてみる…
’’いてもいいですよ…’’と言われるが、結局は進んでくださいの指示あり…
駅の方が出発地点らしいので、行ってみましょう〜

建物の2階にいる人たちは、地元の方?常連さん??かな?

鞍馬駅方面に向かい、しばらくここに陣取る。

あたりも薄暗くなり、鞍馬寺方向に火が灯る。
来るときに見たお松明にも火がつけられる。
消防署の前で何やら会の始まりの挨拶か?

’’進んでください’’’’のアナウンス🎶

お松明を見学しながら、少しずつ前に進みます。

子供のお松明がやってくる…
炎に見入る。~担いでいる人たち熱そう~
火の粉だ!
男の人はみんなこのな感じです。ワラジを履いていますね。
お松明を出す家の前には祭壇や
甲冑が飾ってあります‼️
どこの家も祭壇は、同じ様式のようです。

どこまで歩いていったらいいんだろう~?

もう少し先に行ってみようかと歩き始めたところ、

こちらの甲冑は、実際に身につけるために外しています。

ご主人らしき方が、’’今から何かが始まるからここにいなさい‘’と、声をかけてくださる。家族の一員になった気持ちで、ご主人と話しながらまっています😊

何が始まるのかな❓
小さな男の子も晴れ着を来て、何かを待っているよう。
ちっちゃな男の子も着物姿‼️
あら、さっきの男の子が松明を持ってきます。重そう~頑張って〜
サイレイヤ、サイリヨウと掛け声を掛けながら、お松明が通り過ぎて行きます。

サイレイヤ、サイリヨウ の意味は??

こたえ。。。 (祭礼(さいれい)や祭礼(さいりょう))」

「鞍馬の火祭」 ってどんなお祭りなの??

こたえ。。。 火祭は940年、祭神を京都御所から鞍馬に移した際、住民がたいまつで出迎えたことが起源とされています。

由岐(ゆき)神社一帯で22日、1000年以上続くとされ、昨年は台風の影響で中止となった「鞍馬の火祭」が2年ぶりに開催です。

さっきのここのお家の男の子も、だんだんお顔が凛々しくなってきました‼️
大きなお松明に火をつけます。
火がついたね🔥
燃えてきた🔥
お松明をくるくる回すと全体に火がまわるそうです。
行ってらっしゃい〜
サイレイヤ、サイリヨウ♫みんなで声を掛け合います!!
この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は A9FFF3B2-0D9F-48C6-99BE-751F0409FC93-1024x768.jpeg です
行っちゃった。

おまけ。。。神様の宿が街道にいくつもあり、7年ぐらいに一度、お松明の順番が回ってくるそうです。地元の方々は、’’おめでとうございます’’と言いながら、お松明の家に入っていきます。

本来、鞍馬の火祭は、見せるお祭りではなさそうです。

道路にはほかにもたくさんのお松明あり🔥
目の前をお松明がいくつも通り過ぎていきます.

人だかり。。。なんだろう???

女性が太鼓を叩いてます!近かづけない・・・
家の前の飾りを見てみましょう❤️こちらは、ゆっくりと見学できます。

そろそろ、鞍馬寺の山門あたりにたいまつが終結するクライマックスタイムです。

駅に向かいましょう~

しかし、大勢の人で進まない。。。

やっと鞍馬駅に到着!

ここから鞍馬寺山門方面に向かうと、またひと回りしないと駅に戻れません(-“-

一方通行だったものね。。。最終電車に間に合わない可能性もあるので、あきらめましょう。

長い列に並び、電車に乗ります🚃

電車を一本見送ったお陰で、座って出町柳まで帰ってこれました。

火祭りの興奮は覚めやらず、夜中過ぎまでおしやべり、楽しかったね😝

火祭りの人混みに尻込みして、行くのやめようかなんて話していたけど、思い切って行って良かったね〜

明日は、少しだけゆっくり出発にしましょう~

(^o^)ノ < おやすみー

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