広島〜山口帰省〜2019年12月27日から2020年1月3日〜呉~安芸灘とびしま海道編

12/31(火)  泊4→両城(りょうじよう) →ホテル10時20分→下蒲刈島→上蒲刈島→豊島(御手洗みたらい)→大崎下島→実家泊5

曇り空ですが、雨は何とか大丈夫そうです。

ホテルから、もくもく煙が見えます。工場は稼働しているのですね。
昨日見た、豊弥が大きいねえ〜

朝散歩は、 ’’海猿の映画の撮影場所の階段 に行く’’って決めていました。

’’ちゃんとたどり着くかな?’’と思っていたところ、心強い助っ人が二人がついてきてくれることになりました!(^^)!

線路を渡ります。

ここらへんだと思うんだけど、よくわからない。。。

ここの階段かな❓上がってみよう。
ちょっと景色が見えてきました😀
まだまだ階段が続きます。。。
呉の港見えてきましたね😺

階段の途中に民家があり、庭に出ていた方に聞いてみました。

この階段ではなく、もう少し呉側の階段だと教えていただきました。

こちらは、川原石の方向です。ずっと先に広島駅があります。
泊まっているホテルが木の陰に見えるような。。。
見えた!
ロケーション抜群の場所に建ってますね❣️

急にピンポンダッシュの話になりました。

ピンポンダッシュ私もしたことある…と、私を含め子供たち二人も経験あり。

暇だったんだねーと、話す。

朝礼の時に注意されたり、家に住んでいる人に怒られたりしたよね。

子供時代は、結構いたづらをして、叱られていました(-“-)

多分、主人はそんな悪いことはしないので、私の血をひいてしまったんですね。。。

高台にある両城中学校です。
目指す階段は、この先にあります。

案内板がありました。

やっと着いた!
ここから、階段が始まります。
わくわく💕するね。私だけだと思いますが。。。
下ってきました。
石段のフチは波打ってます。
曲がりながら、あと少し階段は続きます。
最後は幅の細い階段になりました。
階段の入り口にも、看板があります。階段は232段ありました。
やっと歩けて満足♡
あの柵はなんでしょう❓
防空壕が残っていました。
40年くらい前は、呉の街を車で走ると、いくつかの防空壕をみる事ができました。

何のために使われていた防空壕なの???

こたえ。。。両城小学校の西門近くに、戦争中に海軍の 資材倉庫として掘られた防空壕が歴史の証 人として残っています。昭和20年7月1日 の呉空襲では、多くの人々が犠牲になりまし たが、この防空壕に身をよせた人々は、猛火 が目の前まで迫り、防空壕から脱出して、現 在の両城公園付近まで避難されたそうです。
両城・三条地区まちづくり計画ホームページより

帰り道は、ちがう道を通りましょうー
こちらの建物は、両城小学校です。
さっきいた、学校のグランドの柵が見えます。

両城ってどんな町???

こたえ。。。 呉湾を一望できる「素晴らしい眺め」と「階段住宅」そして「呉市中心部で一番早く朝日 のあたる町」としても有名です。

災害時支援用のポンプを見つけました。
城山の鳥居の前の石碑、有崎城跡ってなあに???

こたえ。。。 城主は野間氏と伝わり、この野間氏は大内氏についていた武将で、毛利氏と争い、そのために滅ぼされた一族だそうです。
この付近には堀城と呼ばれる城があり、その支城的な役割を果たしていたとされるそうです。
ヘアーサロンの前を通り、
ホテルに到着‼️

広島といえば、千福のお酒が有名だよ。
祖母も毎日、千福を冷やで一合飲んでいたと、母や姉から教えてもらいました。

朝ごはんを食べて、下蒲刈島方面に向かい出発〜

安芸灘とびしま海道って呼ぶそうです。

どうして 「安芸灘とびしま海道」 って呼ぶの???

こたえ。。。 瀬戸内海に浮かぶ島々を、庭園をわたる飛石(とびいし)にたとえて名付けられました。

最初の橋、安芸灘大橋が見えてきました😸
安芸灘大橋を渡ったところでトイレ休憩〜
寒桜が咲いていました🌸
安芸灘大橋が見えます。

朝鮮通信使専門の展示館が見学できる「松濤園」 ですが、今日は休館(>_<)

朝鮮通信使つてなあに???

こたえ。。。朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)とは、室町時代から江戸時代にかけて李氏朝鮮から日本へ派遣された外交使節団です。

李氏朝鮮 ってなあに???

こたえ。。。李氏朝鮮(りしちょうせん)は、1392年から1910年にかけて朝鮮半島に存在し た国家のことです。

先に進みましょう~

次の橋は、蒲刈大橋。上蒲刈島に向かいます。

上蒲刈島の採石場

良質な花崗岩や石灰岩に恵まれた瀬戸内海では、古くから石を産業としている島が多いそうです。
山が削り取られていますね。
ここから船に乗せて運ぶのですね。
トンネルの向こうに見える橋は???→豊島大橋ですね~
豊島大橋です。
瀬戸内の波は穏やかですねえ

豊浜大橋を渡り、

歴史の見える丘公園に向かってます😺
道が狭いので、気をつけてー
こんな、クネクネした道をのぼります。
歴史の見える丘公園に到着‼️

展望台に行ってみましょう〜
結構勾配があります…

展望台に到着!

わあ〜、よく見えるー
岡村島に渡る橋見えます。
岡村島は愛媛県です~
来島海峡大橋もうっすら見えますね。
御手洗(みたらい)の千砂子波止(ちさごはと)が見えます。

風が強くて寒かった!
みかん畑🍊
こちらは御手洗の町です。

御手洗の町に行ってみましょう〜

御手洗の町に到着❗️

年末なので観光案内所はお休みですが、街並みを歩いてみましょう~

千福の看板がありますね。
静かな町並みを歩くのもいいですね。
伊能忠敬の測量絵図ってなあに❓

こたえ。。。 文化3年(1806年)2月30日~3月2日にかけて,伊能忠敬が御手洗柴屋種次宅に宿泊し,大崎下島の海岸線の測量を行っています。その図はその時の様子を描いた絵図です が、
伊能忠敬が全国測量図を作成した様子を描いた実写図は,全国で2点に過ぎないといわれています。

もう一つの実写図(「浦島測量之図」,呉市入船山記念館寄託,呉市指定有形文化財)では,伊能忠敬自身の姿を特定することができず,本絵図が唯一その姿を描いている点で貴重なものです。(呉市ホームページより)

ケーブルのマンホールみーつけた!ひらがなで、みたらいと書いてあります。
地場の果物も売ってます。
義兄が歴史に詳しくて、いろいろ教えてくれます!(^^)!
しかし、どうしてここに立派な建物がたくさんあるんでしょう❓

こたえ。。。 江戸から明治にかけて、風待ち・潮待ちの港として栄えたそうです。福山の鞆の浦も 潮待ちの港でしたね。

昔の写真が残っていました。
散髪屋の建物→ 飲料メーカーのCM撮影の舞台にもなったそうです。
ポストの向きは、ここも横向きですね。
可愛い時計だ!
松浦時計店⏰時計の修理屋さんです。

どんな時計でも出来る限り修理をしてくれるそうです。
鶴瓶の家族に乾杯で見たお店だ‼️
行ってみたいと思ってだけど、どうやって行くんだろう?と思っていた。きちゃった🙀
ちょっと中をのぞいてみました。
昭和館、昔の看板が飾ってあります。
広島の新聞といえば、中国新聞❣️
乙女座っていう建物もあります。まだ現役なのかな❓

こたえ。。。 当初は芝居上演に使われ、後に映画館、さらにミカンの選果場に転用
され、現在は当初の姿に復元され一般公開されている 。現在は、様々なイベントに活用されています。

乙女座の上の飾り、マップ情報によると、乙女が涙と呼ばれているそうです。
こちらは病院。
「越智医院」は、オランジーナのCMでは交番として撮影されていました。
こちらは、モアイに見えるバルコニーと呼ばれています。
この中もみれるのかな?
海沿いに戻ってきました。
日本遺産って❓

こたえ。。。地域の歴史的魅力や特色を通じて,我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。 
ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形・無形の様々な文化財群を,地域が主体となって総合的に整備・活用し,国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより,地域の活性化を図ることを目的としています。

(呉広域商工会ホームページより)

バス停あり、ここから船に乗れるの❓→ 竹原港からは1日1便、竹原港へは1日2便、御手洗港からも発着します
待合室もありますね。

そろそろ、帰りましょう~

ここには食堂はなさそう≁帰り道に見つけましょうね。

であいの館は開いてそうですね。

ご飯が食べれそうです。よかった♡
看板の上にあるのは、みかん🍊

早速、食堂の入り口にミカンが置いてあります。

ええね〜ひとつ頂きます❣️
ここで1000円以上お買い物をすると、帰りの安芸灘大橋の通行料の片道無料通行券がもらえます。
720円が無料になりました。

向こうに見えるのは、四国ですね。
景色を眺めて、広島に戻ります。
中山踏切を渡り、実家に戻りました。

母の米寿のお祝い旅行、喜んでくれたかな❓

姉夫婦には、たくさん案内してもらい、楽しい旅になりました❣️

義兄や姪、主人や子供達にとって前半は、江田島の思い出たどり旅になり、申し訳なかったなと思います。しかし、文句も言わず来てくれてありがとうございました😊

また来年もみんなで行けたらいいね。

夜は、子供たち2人でダイヤモンドゲーム大会。うちでは、ぴょんぴょんと呼びますが。。。

新年の挨拶をして、みんな寝ます。おやすみなさい💤

今年も皆んな元気で過ごせますように!

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