広島帰省 其の弐 ~2018年8月24日~26日~

8/25(土) 泊1・・・お墓参り+朝散歩・・・田中町バス→広島駅バス→実家 泊2

朝一番、お墓参り。お盆に帰省しなくてごめんなさい。家族全員分のお線香をあげてみんな元気で頑張っていることを報告しました。

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100メートル道路、これから行くお寺も見えます。
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外からはお寺だとわかりません。。。ビルの中にあります。
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昔のまんまの駅名の目印
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比治山公園の登り口に原爆投下時の写真がありました。
住職と奥様の話を聞くことができました。

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被爆して割れたお地蔵様のかけらを拾い集めて、元の姿に戻したそうです。
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爆風で右に傾いた石の塔
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爆風で壊れた鐘楼、天井は修復せずに当時のまま
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梁と4本の柱も当時のまま
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煉瓦も補強して、当時のまま残してあるそうです。多聞院の並び数件しか家は残らず、ほかの建物は爆風で飛んでなくなったそうです。
爆心地から1.75キロ、京橋川があったおかげで建物は焼け残りました。

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頼山陽文徳殿の9輪、熱で溶けています。
住職の奥さまは、京都から嫁いでこられ、広島に来たときは原爆の爪痕に衝撃を受けたそうです。

’’県外に住んでいると、広島が特別に思えて、もっといろんなことを知りたいと思うでしょう。’’と、確かに。。。外に出て、自分が広島出身なんだと実感します。

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移転が決まっている放射線影響研究所があると教えていただいたので、比治山方面へ上ってみました。
放射線影響研究所に到着!

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平和目的のために、原爆放射線の健康影響について調査する日米共同研究機関です。
原放射線影響研究所の前身は、爆傷害調査委員会(げんばくしょうがいちょうさいいんかい、Atomic Bomb Casualty Commission、ABCC)です。ご住職の奥さまは、ABCCって呼んでいました。

爆傷害調査委員会ってなあに?

こたえ。。。原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するために、 広島市への原子爆弾投下の直後にアメリカ合衆国が設置した民間機関です。

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臨床研究部は、ニつの主要な調査「成人健康調査」および「被爆二世に対する臨床健康診断調査」を行っています。
比治山を下っていくと。。。

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民家の塀にも焼けたレンガが残っています
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こちらが京橋川。比治山も見えます。
被爆したままの姿を残している木造の建物が、街の中にあることに衝撃を受けました。広島に住んでいたのに何も知らない。。。

 

気持ちを切り替えて、そろそろ実家に向かいましょう。

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山の近道を通ります。先月の豪雨災害は大丈夫でした。

母は、先週からデイサービスに通い始めました。昨日はお昼ご飯に誘いましたが、前日にディサービスに行って疲れたので家でゆっくり休みたいと別行動になりました。

きょうは、ディサービスに行く日です。母は、朝から嬉しそうです。

1日、母は不在ですが、主人と姉夫婦と池の掃除をしました。

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きれいになりました。金魚もメダカも大喜びね。
お昼ご飯は、またもやお好み焼き!昼食後、姉夫婦は、’’夕方また来るね’’と、帰っていきました。

午後から主人は、庭の木の手入れ、山の木の伐採。

私は、洗濯と不要品の整理。2階で作業をしていたら、暑くて手の甲からも汗が噴き出しました(笑)

主人も、お茶を飲み飲み、作業していましたが、外も相当暑かったでしょうね。

文句も言わずに、いつもありがとう~

夕ご飯は、母にご馳走になりました。姪っ子も来てくれて楽しい時間になりました。お義兄さんが来られなったのが残念。。。でした。

8/26(日) 泊3バス→広島駅→広島空港9時05分→10時35分羽田空港

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あなたも富士山好きね~パチリ
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伊豆大島上空からもパチリ

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